2018年10月
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北八ッ ニュウ(個人山行)

目的地:  北八ッ ニュウ

 山行日:  2014/10/25-26

メンバー: 森

 

行程:

25日 立川6:439:43小淵沢9:5711:01松原湖11:19=11:45
    
 稲子湯
   
稲子湯12:10―しらびそ小屋13:4014:50黒百合平


26
日 黒百合平7:10―中山7:457:50展望台8:009:00ニュウ
  
 9:1011:20稲子湯11:45=12:08松原湖駅入口
  
13:2014:23小淵沢14:3017:15高尾

費用: 東小金井-小海    往復4680(ジパング)

    松原湖駅入口-稲子湯 往復 1200

    黒百合平幕営料      1000

    稲子湯入浴料 600

コメント:ニュウへは白駒池からの人が大半

    後数年は晩秋の北八ッに通いたくなりました

権現山稜/鋸尾根-麻生山-浅川(個人山行)

日時:平成26年10月27日

メンバー:楠田(L)、合田、蝦名、内田、大野、竹下

コースタイム:(竹下 記) 
10/27(晴れ)    
武蔵小金井7:04=国分寺(特快)=高尾7:32/7:47=猿橋8:22/バス8:29=杉平入口8:53杉平入口バス停9:05 - 鋸尾根登山口9:20 - 小休止10:00/10:05 - 小休止10:35/10:40 - 小休止11:20/11:25 - 昼食11:40/12:00 - 北峰12:35/12:40 - 尾名手峠13:05 - 麻生山の古い標識13:20 - 麻生山13:25/13:30 - 権現山分岐14:30/14:35 - 小休止15:10/15:15 - 浅川峠15:30 - 浅川15:55 浅川バス停16:19=猿橋17:12/17:39=高尾18:12=帰宅

コメント:急登の鋸尾根を大汗かいて登り、紅葉の稜線をゆっくり歩き、のんびりしすぎてバスの時間が迫り、権現山は割愛。最後は猛ダッシュで浅川へ下りました。(内田)

例会ニュース 10月15日

日時:平成26年10月15日

参加者:関 越前屋 池上 桑原 蝦名 内田 牧部 合田 楠田 大野 山崎 竹下 佐藤 森 郷間 星野 豊嶋 大滝 樋口 新堀

山行報告:

10月2~4日 苗場山 関 他

10月4日 滝子山 田子 楠田 蛯名 樋口 井上秀

10月4日 景信山~陣馬山 佐藤 新堀

10月10~11日 火打~妙高山 郷間

10月10~11日 日光白根山 新堀 他1名

10月10~11日 剱岳 高柳

10月10~12日 巻機山 桑原 大熊 池上 井上秀 蛯名

山行計画:

10月19日 会山行 荒船山 (担当;内田)

11月9日 連盟都民ハイク 笹子雁ヶ腹摺山 (担当;関)

11月10日 月曜クラブ 惣角沢~御前山 (担当;合田)

11月16日 会山行 牛奥雁ヶ腹摺山 (担当;桑原)

各部報告:

事務局;11月の例会は、5日、19日です。

その他連絡事項:

10月30日(木)19:30より、生活室で「記念パーティー」の打ち合わせを行います。

11月30日の「記念パーティー」に出席の会員は、会費(¥3,000)の前納をお願いします。(11月5日の例会で集金します。)

次回例会は、11月5日(水)19:30より小金井市福祉会館3F生活室で行います。

明神岳主稜

明日はどっちだ

201496日(土)~8日(月) 


3
名=L山﨑(記)、竹下、高井。


6
日、晴れ、夕方から雨。武蔵小金井5:45=松本=上高地11:45No.7標識13:00~岳沢14:40


7
日、夜明けまで雨、曇りのち晴れ。岳沢5:50No.7標識6:40~Ⅴ峰10:15~Ⅳ峰11:45~Ⅲ峰12:20~Ⅱ峰12:40~懸垂2P終了13:30~明神岳主峰13:40~前穂高岳15:50~岳沢18:45


8
日、晴れ。岳沢5:50~上高地8:00=白骨温泉=松本。

 上高地の河童橋から北に向かって望む山は穂高と明神だが、それぞれの峰をしかと同定できる人は案外少ないのではないか。


  たとえば、奥穂のピークと南稜の頭の区別。岳沢の奥にバットレス状の壁があり、その上に三つの顕著な岩峰トリコニーが判ればその先の南稜の頭を奥穂高岳と思っても無理はない。実際の奥穂のピークはその左にあるが、河童橋からだと奥まった分控えめに見える。それよりもジャンダルムからコブ尾根の頭、畳岩尾根の頭が連なる山体の方がよっぽど立派なので、単純にこれぞ奥穂と勘違いする向きもあるだろう。


私自身、吊尾根の右端、明神からの山稜の向こうに前穂のピークを見出したのはわりと最近のことで、長い間見逃していた。さらに東へ展開する峰々が明神岳だと承知していても、詳細を尋ねられるとかなわない。明神は主峰であるⅠ峰から東南へⅤ峰まで、さらに最南峰とあり、がけ(岩)記号ばかりの地形図からそれらを読み取るのはむつかしい。


  そもそも明神岳へ登ったという人にとんとお目にかからないのはどうしたわけだろう。それこそ毎夏何十万もの人が見上げているはずの明神岳だが、どうして登ろうとする人がかくも極端に少ないのだろう。登山道がないからという言い訳はこの際認められない。


  いつしか上高地に行くたびに明神が気になって仕方がなくなっていた。気になりだすと登らずにいられない。そうして人を巻き込むわけだから、これはおそらく傍迷惑な性分に違いない。


  期日は万一のビバークでもさほど苦にならないであろう九月第一週、主稜線を行くのは七日とした。


  ヤマテン予報の北アルプス南部。アプローチの六日は「
夜になると本州付近の秋雨前線が活発化する影響で、雨が降りやすくなる」。肝腎の七日、「関東の東海上から四国付近へのびる秋雨前線は次第に南下していく。このため、朝には天気が回復に向かい、晴れ間が広がる」。七日午前六時の槍ヶ岳山頂は「くもりのち晴れ。気温:5度。風向:西。風速:9m/s」。何とか登れそうだ。前週に天候不良で中止した恋ノ岐川行の食糧をザックにそのまま詰め、いそいそと出かけた。

昼時の上高地は人出が途切れる。めずらしく閑散とした河童橋の真ん中で明神岳をじっくりと観察する。Ⅴ峰に連なる南西尾根がどの山襞になるのか議論するが特定に至らず、そもそも見えているいくつかのピークが何峰なのかも結局判らずじまいで、やはり行って確かめるほかない。


  明神岳南西尾根の取付きである七番標識までは梓川右岸の岳沢入口から三十分、天然クーラーの風穴の手前だ。記憶では岳沢小屋との中間点くらいに思っていたので、スタート地点の標高が一七五〇メートルほどとわかると少々残念、明日は岳沢をかなり下ることになる。


  岳沢小屋に入り、まずはジョッキをぶつけて恒例の入山祝い。

「明日は昼まで雨だよ。今日登ればよかったのに。今日は久々に天気が良かったからね」


  幕営申込書で行程を見た小屋番氏から声を掛けられた。私たちは一様に呆気にとられ言葉を失う。登ってきて早々、「明日は雨だよ」などとはあまり聞きたくない言葉ではあるまいか、よしんばそうだとしてもだ。たった今入山したばかりの客に向かって、変更不能の意味のない言葉を浴びせる無神経でデリカシーの欠ける人。しかも自信たっぷり断定的で、何で登ってきたの、今のうちに降りた方がいいよ、と言わんばかりだった。

「まったく、何て人だ」

「許せん!」

小屋を出たあと、高井さんがときどきプチッ、パチッと怒りを弾き出し、いつまでも消えない上等な線香花火を思わせた。ふだん「マー、マー、マァ。そういうこともある」が口癖で、「いやはや」と済ます温厚な人なのに。逆に私は、天気のことは明日の朝になって考えればよい、と心持ちを変えてみる。雨が降っていなければ登る、降っていれば下って白骨温泉にでも浸かりに行こう、単純な話ではないか、と。


  そうはいっても山小屋関係者のアドバイスや判断を軽々には扱えない。意識したくないと思うほどにのしかかり、どうしても気分は次第に暗く沈んでいく。せっかくの入山祝いが台無しになった。

「それにしても、許せん!」

 花火の赤い玉はいつまでも落下しない。


  岳沢のテントサイトは沢を越えた重太郎新道の右左に点在しているが、沢の手前、小屋のすぐ上に平坦な絶好のスペースを確保する。

「誰か予約しておいてくれたのかな」

テントのすぐ下の岩のテーブルで天気図を描いていると、沢向こうの住人がわが緑色のテントを見上げ羨望の眼差しで通り過ぎていく。それを、してやったりと優越の笑みでもって眺める。ほのかなソーラーランタンの灯りを点し、気分をあらためて宴を盛り立てる。


  飯の炊きあがりを報せる香りがしだした頃、突然雨が落ちてきた。すぐに雨脚が強まってくるので、急ぎテントに撤退する。

「降り出しが少し早すぎないか」

恨みがましく外を見やれば、雨はますます本降りの体をなし、エスパースマキシムのフライを叩いた。修理したばかりなのになぜか雨漏りがしはじめた。「夜、雨が降りやすく」がヤマテン予報だから、降雨じたいで動じるものではない。ただ「降りやすく」という表現のわりには雨脚が強いきらいはある。しかし問題はその先、ヤマテンが「朝には天気が回復に向かい」とするのに対して、小屋は「昼まで雨」。いったい、明日はどっちだ。明日の朝、すべては明日の朝だ、と念じる。


 激しい雨音は一晩中鳴り響き、眠りを妨げた。ヤマテンが勝つか、小屋が勝つのか。起床予定の午前三時、外の状況に変化はなく、様子見を宣言して不貞寝する。どこかで「昼まで雨だよ」と意地悪くささやく声がする。フン、小屋の勝ちか。四時出発の予定を変えてしまった敗北感でもう眠れない。


  高井さんが例によってガサゴソとモーニングコーヒーの準備を始めた。昼になって晴れるなら、それまでは合羽を着て雨のなかを我慢して登るか。まさかそこまでの執念があるわけがなく、痩せ尾根のⅤ峰の登りをそう甘くみてもいけない。コッヘルのなかで煮詰まる焼き鮭雑炊に分葱を勢いよく散らし、明るくなったら山を降りようと腹をくくる。

「ヤマテン予報とちゃうやんけ」

「濡れた岩でこけたりしたら馬鹿らしいし…」

高井さんがひとりごつ。

「じゃ、撤収ね」

「そうです」

「下るのよね」

「はい」

「じゃ、カレー用の肉は始末しないとね」

「すみません」

 私のとみこうみを見抜く竹下さんから再三念を押される。そのたびに取り返しのつかない重大な何かが失われていくようで、決心がぐらつく。


  五時、こころもち小降りになったかとあさぼらけの周囲を凝視する。止む気配は感じられない。一同、黙々と下山準備のパッキングを始めた。


 先にテントを出た高井さんは小屋へ情報収集に行った。外に出てみると、何と雨にさきほどまでの勢いがない。雲が切れ始めていた。岳沢の真上で薄く少しずつ剥がれ、明神の肩の上空へ消えていく。その先で、かくれんぼの終わりを確かめるかのような青空が、ちらちら見え始めていた。時間はまだ六時前。ヤマテンが土俵際で小屋をうっちゃった。

「おっ、こりゃ止むな。行こう、登ろうぜ。行けるぞ」

「えっ、登るの。もう荷物ができちゃったというのに」

 竹下さんがぼやいているところに高井さんが戻ってきた。

「このあと西に雨雲はもうない、と小屋で言っている人がいる。雨雲レーダーを見たようだ」


 大急ぎでザックの中身を減らし、ハーネスを着け、気分を登攀モードに切り替える。二時間遅れの出発だ。それでも岳沢がベースなら日没までには戻れるだろう、ヘッドランプの灯りでも十分降りられるさ、今夜あたりはスーパームーンのはずだ。南西尾根取付きまで速足で下りながら問答する。

南西尾根は末端で広がりがあるが、登るにつれどんどん痩せていく。積雪期のルート工作の名残りなのだろうか、フィックスロープが連続し、部分的にはロープに頼りたくなる厳しい個所も出てくる。森林帯なので高度感はほとんどない。とはいっても尾根は刃のようで、下の様子が判らないくらいに谷は深い。


 雨は上がっていた。しかし青空が見えたと思ったら、霧が立ち込めて白一色に包まれたりと、天気はまさに猫の目だ。今朝までの雨露をたっぷりと抱えた笹やハイマツがしなだれかかり、ズボンや肩口から袖のあたりをぐっしょりさせる。突然上高地が見渡せた。あのまま下っていれば、今頃は河童橋あたりからこちらを見上げてため息をついているのだろう、とぎりぎりの決断を喜んだ。


 残置のロープが途切れると岩稜帯が終わって狭いコルに降り立つ。取付きから二時間が経っていた。休憩を入れたいところだが、ハイマツの急登の先の岳樺の梢に陽が差していて見るからに温かそうだ。

「あのあたりまで登って一本立てよう」


 木立を透かして青空が見え、稜線が近い。左手の谷向こうで聳えるのがおそらくⅤ峰だ。


 尾根の端を回りこむと徳本峠方面の展望が視界に飛び込んできた。稜線に出るとハイマツはもうズボンの裾を濡らす程度で、ほとんど砂礫を這っている。梓川沿いの明神の宿が真下に見える。道形は薄い。最後の登りを前に、真正面にⅤ峰を望む平の窪地に二張分のスペースが見えた。再び霧が深くなる。Ⅴ峰へはこのあたりから左手へ巻くようにして尾根に乗るのがルートらしいと後に分ったが、私たちは僅かな踏み跡を辿って岩を次々越え、Ⅴ峰ピークに向かって直登していく。


 山頂で一休みののち、西へ少し降りてⅣ峰への道を探っていると、左手にきれいな道が目に入る。相変わらず霧が視界を遮断していてⅣ峰は見えない。方向に少し違和を覚えたが、その道のあまりの立派さに引きずられて一気に下った。そのうち右へトラバースするものと注意しながら行く。しかし右側の谷は深くなるばかりで目指すⅣ峰の方向とも明らかに違う。やがてさきほど目にしたⅤ峰直下の二張り分のテントスペースが霧の中に見えた。

すぐに踵を返した。途中、真横にリッジまでハイマツ漕ぎをしてみたが、その向こう側も背丈ほどのハイマツの海で道らしきものの気配すら見いだせない。Ⅳ峰への道が分らないので引き返して降りたというネットで見た記述が思い浮かぶ。同じ轍を踏んでしまったのか。Ⅳ峰へのルートが見いだせず敗退、というみじめな光景が頭の中でぐるぐる回り始めた。とにかくリッジを直登してもう一度Ⅴ峰直下へ出てみようと脆い岩場を登って行く。

「撤退しましょう。今から先に進んでも時間的に厳しいでしょう」

先に登り返していた高井さんが眉間に皺をためて強い調子で叫ぶ。

「このまま戻るわけにはいかない」

「あの痩せ尾根を下るのはいやらしいけど、進むより時間が読める分、いいでしょう」

「……」

「少しだけ偵察しておきますか」

「うむ」


 とんでもない、撤退など考えたくもない。敗退すればまた来なければならない。この次、いったいいつ来られるというのか。だいたいこの山行は始めからヒバーク含みで計画されているはずではなかったか。


 高井さんが立つ足元から、何ということはない、Ⅴ峰直下の岩壁の裾に沿って左方向に踏み跡らしきものが続いていた。下って行くと皮肉にもⅣ峰の影が霧に浮かぶ。ロスタイムはおよそ五十分、まだまだ時間はあるし、行くしかない。


 このとき、不意に右足のバランスを崩しかけて肝を冷やす。五・四のコルへの下降は急で、右側は上宮川谷へⅤ峰東壁が切れ落ちている。少しザレていて滑りやすく、岩角への靴の引っかけも怖い。登り返していきなりの下降なのでギアチェンジの間がなく、油の切れて久しい膝のバネが動かない。慎重に慎重を重ね、ほどなくコルに立って大きく息をつく。


 たった今生きているという事実が、奇跡のように思えるときがある。戦争があったわけではない。天変地異や火事に遭ったわけでもないのだが、今までに何度も死ぬ際で踏みとどまってきた。いや、今までに幾度か死んできた。それでもまた山に行く。因果な病に取り憑かれたものだ。

Ⅳ峰へは三十分の登り、さらに稜線に沿ってⅢ峰にも難なくたどり着く。この頃になると霧が晴れ、行く手の展望が開けてきた。ピークがくびれたⅡ峰、その向こうに明神主峰と前穂。さらに奥穂から西穂の稜線。東には常念山脈、足下に徳沢、新村橋が見えた。澄んだ空気、やわらかく降り注ぐ陽、おだやかに吹き抜ける風、山はもうすっかり秋のものだった。


 Ⅲ峰からは主稜線を外れ、岳沢側のハイマツ帯をトラバース気味に下って、ねじれ尖ったⅡ峰ピークを目指し登り返す。このあたりは道形がしっかりしていて比較的歩きやすい。天気が完全に回復して展望が効くようになったせいもあり、やっと明神主稜を登りきる目途が立ったという安堵感に包まれる。


 主稜核心のⅡ峰からの懸垂下降は、持参のロープが五〇メートル一本なので、二十五メートルと十五メートルの二ピッチ。高井さんが黙々とロープをセットするので先発するのかと思いきや、さあどうぞ、と譲られて拍子抜けする。ほとんど鉛直に下りてテラスで継続をセット、二ピッチ目もちょうど稜の縁のガレに下り立つことができ、部分的に宙をぶら下がるものの無難な懸垂だった。しかし竹下さんの顔にそれなりの緊張の色が見て取れ、降りてきた高井さんもまた息が荒かった。やはりゲレンデでの懸垂下降とは違うということか。


 二・一のコルから主峰まではわずかの登り。あとは前穂への登りを残すだけとなり、話題は岳沢着の時間の予測となった。奥明神沢を下降に使えれば、もっと早く着けるのではないか。良い考えだが雪渓があったらどうする、との意見が出てやはり前穂経由で行くことになる。


 主峰から岳沢側をクライムダウンしていくと、方々に懸垂下降に使った残置支点が目につく。一説によると、最近のクライマーはルートファインディングの力がないのですぐ懸垂をしたがるのだとか。ついひと月前、劒岳八ツ峰六峰Cフェースの頭から懸垂で三ノ窓雪渓側に誤って降りかけてしまった身にすれば、少々耳の痛い話だ。


 踏み跡を拾いながら行く。稜線通しに行くとけっこうな連続した岩登りとなり、かといって下から巻いて行くとガラガラと浮石ばかり、傾斜があると足元をすくわれる。結局前穂まで二時間ほどかかってしまい、黄昏の山頂にさすが人影はなかった。白出のコルが目の前にあり、穂高岳山荘が信じられないほど近い。


 紀美子平へ下る道標のある前穂の肩で、高井さんが持って来たはずのヘッドランプをどこかで失くしてしまったという。暗くなって足手まといになっては申し訳ないからと彼は一足先に駆け下る。西穂の稜線に腰掛けた陽がひときわ強烈な光を放ちまぶしい。日暮れてもいい、と竹下さんとゆっくり降りていく。


 重太郎新道を
ハイマツの尾根から雷鳥広場まで来ると岳沢のパノラマが広がる。わがテントを見下ろすようになってしばらく、緑色のフライのちょうど出入口あたりが、吹き流しを開けたのか黒っぽくなっていた。


 「高井さん、もう着いたみたい」

目ざとく気づいた竹下さんの指摘にもかかわらず、まだ時間が五時過ぎなので半信半疑。あとで聞くと、前穂を出たのが一五時五三分、岳沢に着いたのは一七時一五分だったという。所要時間は前穂から紀美子平までが十五分、そして岳沢までが六十分。それぞれ通常かかる時間の半分で、かつては「下りの○○」との異名をとったという竹下さんとともに、これはもう天狗の所業だと感嘆する。


 私たちはほぼ標準の時間で下りていき、最後の岩場を過ぎ
ダケカンバ林の九十九折れが始まるあたりからヘッドランプの世話になった。このとき小屋のテラスでは、ときどき光る明りに気付いた登山客が、こんな時間にまだ降りてくる人がいると騒ぎたてたらしい。


 深夜、テントの中が真昼のように明るくて目が覚めてしまう。外へ出た途端、月のあまりの大きさと明るさにたじろぐ。西穂の空から明神へ少しく厚い雲が流れているのだが、化け物のようなスーパームーンはそんな雲の存在を歯牙にもかけず、岳沢の隅々までも覗き込み、濃い月影をあたり一面にこぼしていた。

翌朝、色づき始めた岳沢を足取り軽く下り、さて見上げる明神は如何、と河童橋上に陣取る。


 取り付いた明神岳南西尾根は岳沢に落ちる最下端の山襞と判明し、そこから上りつくピークがⅤ峰。その左にⅣ峰、Ⅲ峰と続き、Ⅲ峰から派生する二五七六メートル峰の稜越しに、頭をひねって尖るピークがⅡ峰だ。結局明神主峰は河童橋からは見えなかった。登ってみれば、懸案もこうして難なく解決してしまう。ちなみに明神主稜のもっともすぐれた展望台は岳沢小屋のテラスだった。


 さてやることがなくなり、昨日行きかけた白骨温泉にもこの際行って見ようと一決した。


 白骨の公衆露天風呂は五百段ほど谷へ降りなければならない。案内所に声をかけると心安く荷物を置かせてくれた。白骨には、ある旅館が入浴剤で色を付けていたという騒ぎのときに来たことがあった。超人気の白骨の宿でも、あの時だけは正月の予約が一二月になっても取れた。そのときお世話になった「ゑびすや」さんは、案内所の話では白骨で一番の老舗だがいまは後発の大手旅館の傘下にある。白骨の人気はその後昔どおりに盛り返して客には困らず、どの旅館も儲かっているのだがいかんせん後継者不足の悩みをかかえている。後継ぎがいないためにすでに二館が閉めてしまったそうだ。

「旅館の経営は客商売だから、誰にでもできるわけではなく、大変なのよ」

風呂上りの竹下さんがビール片手に妙に物わかりよく嘆息してみせた。

南ア/荒川岳・赤石岳・聖岳 縦走

        竹下 淳子 

2014727()夜行~31()    

メンバー:内田(L)、竹下 

7/277/28(晴れ)

竹橋から出る「アルペン毎日」夜行バスは、4列座席で途中2回の休憩があってほとんど眠れずに予定時間の1時間早く、畑薙第一ダム臨時駐車場に到着。駐車場はすでに入山している人たちの車もあって満杯状態。東海フォレストの送迎バス停に荷物を並べて順番待ち完了。何もない臨時駐車場で登山者も多く並び始めた頃に、臨時便の受付が始まった。宿泊形式(千枚小屋・夕食)を告げて小屋代前金の3,000円を払って乗車する。29人乗りのマイクロバスに、受付を通らず駐車場から来て直接バスに乗った登山者がいて、人数が合わなくなり降ろされる場面があった。私たちも東海フォレストと井川観光のシステムがよく分からなかったが、下山時には偶然的に山小屋で情報を得て下山口から井川観光の無料送迎バスに乗車出来て、アルペン毎日バスが途中で立ち寄る日帰り入浴温泉まで先行して行くことが出来た。

 

長丁場の山行1日目は、寝不足ぎみで椹島を1時間以上早く出発することができた。

寝不足は、かなり歩調にひびく。1時間歩いて5分休むテンポが30分で5分休みになり、休んで座るとフーッと眠ってしまうほどだ。樹林帯なので直射日光が遮られることは救いだ。雲が出始めてきた1525分、千枚小屋に到着した。20096月に全焼して20127月から新しく綺麗になった千枚小屋。私たちは「月光荘」という離れの小屋に割り当てられた。ゆったりした寝場所を確保して、少し眠るという内田さんを残して、真正面に富士山が見える小屋前のベンチで1人お疲れ乾杯をする。雲で隠れていた富士山も夕焼けの頃には雲の中から頭を出している。明日の好天が期待できる。

1

7/29(晴れ)

 今日の行程は百間洞山ノ家までなのですごく長い。昨日ベンチで札幌から来たご夫婦との会話で明日の行程は百間洞までと言うと、私たちの二日分です~と言われた。3時起床。前日沸かしておいたお湯で赤飯を作り、身支度して340分出発。ヘッドランプを点けてゆっくり歩く。私たちの前後に小屋を出た登山者が行く。1時間足らずで千枚岳に到着。ゆっくりと夜が明けて雲が赤く染まり富士山がシルエットで雲に浮かんでいる。白峰南嶺でいつも眺めていた双耳峰の笊ヶ岳も近く感じる距離に見える。山頂の誰もが明けゆく景色に見入っていた。

4

5

少し風が冷たい稜線を荒川東岳目指して歩く。別名・悪沢岳は今回の最高峰3141m620分着。前方にどっしりした赤石岳がそびえている。頂上の手前に雪渓を残しているその姿は赤石岳とすぐ分かる。谷を挟んではるか遠くに感じる。中岳避難小屋で735分。すぐ目の前ひと登りで中岳だが、空腹を感じて食事休憩に時間を取った。管理人の男性が干し物や片づけに忙しそうだ。お赤飯は思ったほど喉を通らない。それでもスープで流し込む。次々に登山者が来て隣のベンチで休む人、トイレ休憩の人などいるが北アルプスに比べて登山者は圧倒的に少なく、ゆったりしているのを感じる。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

中岳頂上は写真を撮って通過。前岳への分岐を右に見て下って行くと前方に鹿避け防護柵が左右に大きく広がっている。この辺りから高山植物が出てきて、シナノキンバイの鮮やかな黄色が目を引く。ずっと前を行く登山者が柵にある扉を開けて入っていくのが見えた。私たちもジグザグの登山道を下って扉を入ると右側斜面に高山植物のお花畑が広がっていた。斜面の上部は青空をバックに荒川岳があり、足元にはシナノキンバイ、キンポウゲ、ハクサンチドリ、クロユリ、フウロ、シオガマ、ハクサンイチゲ、私の好きなイワツメクサなど沢山の花々が咲き誇っている。鹿から保護すればこんなに見事なお花畑になるのだと強く思った。ゆっくりと柵の中を歩いて扉から出るとはるか前方下に赤い屋根の荒川小屋がみえる。その先に小赤石岳が大きく見える。トラバースで荒川小屋に着くと小屋は静かだ。ここの水場で水の補給をする。水場はきれいで美味しい水だ。

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千枚小屋から荒川小屋までを1日の行程にする人もいるが、私たちは百間洞までなので約半分来たことになる。赤石小屋に下山する人もいて、それぞれの予定で歩くことになる。道中まだ先は長い。気合を入れ直して赤石岳に向かう。“小赤石岳まで行けば今日の目途が着くね”と話しながら、何となく不安な気持ちの二人だった。「赤石岳避難小屋は食事はないよね。でも行動食も持っているから問題ないよ。」と話しながら、だだっ広い大聖寺平を通過して小赤石岳へと向かう。1140分小赤石岳に到着。コースタイムと比べても悪くはない。頂上にかかる稜線の脇に雪渓を残した赤石岳が望める。一旦下って登り返す大きな山容を見せている。赤石小屋へ下る分岐には赤石岳をピストンする登山者のザックが置かれていて、パーティメンバーが赤石岳から戻るのを待っている2人は、椹島からず~っと前後して一緒だった4人パーティだ。赤石岳の大きな斜面をゆっくり登る。空身で降りてきた4人パーティの2人の女性と挨拶を交わして赤石岳山頂に1225分到着。直ぐ下に赤石岳避難小屋が見える。小屋の前のベンチで数人が休んでいる。ホッとした気持ちで長めの休憩をとる。聖平からという女性が大きなザックを背負って登ってきた。単独で30代という女性は若さが眩しい。いま登ってきた“岩石の大斜面”はきつかったですと言った。山頂の登山者は私たち含めて45人と少ないが赤石岳から先へ行く登山者は殆ど居なくなる。私たちも気合いを入れて、お互い頑張りましょうと単独女性とエールを交わして出発する。

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大岩がゴロゴロしている岩石の大斜面は、確かに登りは大変なところだ。地図にある馬ノ背は分らないまま通過して、百間平の標識に(百間洞山ノ家まで40分)をあるのを見て、俄然元気が出てきた。だだっ広く誰もいない百間平は少し雲が出てきて静かだ。黙々と歩いて、もう山小屋が見えても良いのにと思いながら沢まで降りるとテント場に着いた。沢を渡った先のベンチ広場の奥に百間洞山ノ家があった。1510分到着。行動時間11時間30分、良く歩いた。受付を済ませて2階の、一画が5人分のシュラフ形布団が並んでいるところを4人で使用してすごくゆったりしていた。寝場所を確保して、コンロなどを持ってベンチでお疲れ乾杯、お茶していると、聖平方面から次々に登山者が到着する。赤石岳方面からの人もいて、山の中では会わなかったが小屋では集結するものなのだと思う。

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隣のベンチでくつろぐ4人組の男性。そばにロープ、ハーネスが干してあるように広げてあったのを見て、「沢ですか?」「クライミング?バリエーションは何処へ?」などと矢継ぎ早に質問するも、「いいえ、常時携行しています」等の答え。1人のベテランと3人の若者から察するに「学生時代の山岳部顧問と部員OB」と勝手に解釈するが、翌日の聖平小屋で長野県警・山岳救助隊と判明した。

7/30(晴れ)

 昨日に比べると気分的にはゆとりが持てるが、345分に出発した。小屋の裏から沢沿いに樹林帯を行く。沢を渡って単独の男性に道を譲ってゆっくり歩く。大沢岳・中盛丸山のコルには1時間余りで着いた。今日は、内田さんの今回の山行目標・聖岳は、はるか遠くに見える。小兎岳、兎岳のピークを踏むごとに、どっしりとした聖岳が迫ってくる。兎岳を過ぎて右手下に、古く荒廃した兎岳避難小屋を見る。兎岳から2時間余り940分聖岳に着いた。振り返ると歩いてきた山並みがぐるりと見渡せる。赤石岳はひと際大きい。富士山も雲から上半身を出している。荷物をデポして奥聖岳に向かう。昨日の百間洞山ノ家で一緒だった女性も同行する。彼女は北岳から塩見岳、荒川岳、赤石岳、聖岳そしてこの先、茶臼岳、光岳まで行くという。坦々と峰から峰を歩く彼女を眩しく逞しく感じる。山頂に戻って、現実に戻り、忘れてはならない帰途のバスの予約を入れると携帯もつながり、守備よく明日の「アルペン毎日」新宿行きの予約を完了。

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気持ち良く晴れた聖岳山頂でのんびりと過ごして、二日間歩き通した山並みを眼に焼き付けて下山にかかる。下降の斜面は、地図上でも「聖岳大崩壊地」の記載がある砂礫の大斜面を、足を取られて歩きづらい中、慎重に下る。この斜面を登ってきた単独の若い男性は、便ヶ島から聖岳をピストンするとのこと。続いて男女二人組は軽装でトレランの様子。短い会話の内容では聖平小屋のスタッフで、休憩時間を使ってちょっとそこまで・・・の様子。後方から追い抜いて行った単独の女性は、まさにトレランで「今日は茶臼岳まで行きます!」とのこと。おばさんは唯々驚いて感心してしまう。

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小聖岳では百間洞山ノ家で会った「学生時代の山岳部顧問と部員OB」一行が“一本!”の掛け声で休憩するのと入れ違いに私たちは下山開始。そしてほんの間もなく、揃った足音が迫ってきたので道を譲ると、“いえ、ゆっくりどうぞ”と言ってくれるがそうはいかない。“では…”と言い残して矢のようにすっ飛んで行った。易老度への分岐を過ぎると視界が開けて聖平に着いた。立ち枯れて白骨化したシラビソの中、小屋までつづく木道を行くと1325分、聖平小屋に着いた。内田さんが受付をしている間もなく、スタッフのおじさんが“お疲れさま、まずは食べなさい”と勧めてくれたのはフルーツポンチ。入り口脇の台に置かれた鍋にみかん缶、桃缶、寒天などが良く冷えている。備え付けの紙コップに注いで、早速外ベンチでいただく。喉越しが良くてホッとする。これが聖平小屋の名物だとのこと。でもビールに勝るものは無い!とばかりに、そのままお疲れ乾杯へと続いた。外ベンチの隣に奥聖岳で会ったご夫婦が合流して、その奥のベンチでくつろぐ例の一行を、“長野県警・山岳救助隊の方がパトロールしているのですね”と言うのを聞いて、えっ!?となった。ご夫婦が砂礫の大斜面を下りている時に、後方から奥さんの歩き方を見て「怪我されましたか?」と聞かれたとのこと。県警救助隊は千枚岳で滑落事故に出動後、パトロールしていたものだった。私たちはとんだ勘違いだったことで笑えたし、勿論奥さんに怪我は無く“いつもこんなものですよ”と答えましたと笑っておられた。

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何気なく見た小屋の掲示板で、井川観光が運行している送迎無料バスで登山口から畑薙第一ダムまで利用できることを知った。東海フォレストの対象外宿泊施設(聖平小屋が該当する)利用登山者の便宜を図っていた。予約制だが平日のせいもあり余裕で申し込めた。早めに到着して小屋泊まりだと、実に時間の余裕がある。北岳から光岳の女性とも交流できた。今日入山した人は、明日聖岳をピストンして茶臼岳まで、翌日光岳への行程が圧倒的に多い。

7/31(晴れ)

椹島まで1時間の林道歩きが無くなり、聖沢登山口に13時までに下山すれば良い今日の行程は、ゆったりのんびりなので、7時頃出れば良いと思っていたが、間が持てなくて620分に出発した。前を行く男性3人組も同様らしく休憩ごとに景色を楽しんで長めの休憩をしている。登山口に12時前に下山して、長い縦走は終わった。13時の送迎バスに乗って、畑薙第一ダムではアルペン毎日バスの運転手との情報引継ぎも良くて、帰りに立ち寄る赤石温泉・白樺荘まで先行して送ってもらって、ゆっくりと汗を流して、後で到着したアルペン毎日バスに乗り換えて、新宿駅に20時到着。

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お天気に恵まれて煩雑な交通機関・登山のシステムもすべてに上手くいったと思う。旅の手配、長い行程を共に歩いてくれた良きパートナー内田さんには感謝です。

<コースタイム> 

7/277/28(晴れ) 

竹橋(毎日新聞社西口玄関ロビー)22:40発=畑薙第一ダム臨時駐車場5:306:30)/6:458:00)=椹島7:509:00

椹島8:15 - 小休止9:059:10 - 鉄塔(1400m)9:30 - 小休止10:1010:15 - 小石下(1586m)10:25 - 小休止11:0011:10 - 清水平(水場)11:3511:55 - 蕨段(ワラビダン) - 見晴台12:5513:05 - 小休止13:3513:40(この辺りから30分で小休止とする) - 小休止14:0514:10 - 駒鳥池14:3014:35 - 小屋直前の植物保護柵15:0515:10 - 千枚小屋15:25(泊)

7/29(晴れ)

千枚小屋3:40 - 千枚岳4:304:50 - 小休止5:556:00 - 東岳(悪沢岳)6:206:30 - 中岳非難小屋7:358:00 - 中岳 - お花畑 - 荒川小屋(水補給)9:109:40 - 大聖寺平10:10 - 小休止10:4010:45 - 小赤石岳11:4011:50 - 赤石岳12:2512:45 - 赤石岳非難小屋 - 小休止13:5014:00 - 百間平(百間洞山ノ家まで40分の標識)14:2014:25 - 百間洞山ノ家15:10(泊)

7/30(晴れ)

百間洞山ノ家3:45 - 見晴台4:304:35 - 大沢岳・中盛丸山コル4:555:00 - 中盛丸山5:155:35 - 小兎岳(2738m)6:156:20 - 兎岳7:057:20 - 小休止8:358:40 - 聖岳9:40 - 奥聖岳 - 聖岳(アルペン毎日連絡)11:00 - 小聖岳11:5512:10 - 便ケ島・易老度分岐12:5513:05 - 聖平小屋13:25(泊)

7/31(晴れ)

聖平小屋6:20 - 岩場7:057:20 - 岩頭展望台7:407:50 - 小休止8:358:45 - 聖沢吊橋10:0010:10 - 水場(出会所小屋荒廃)10:5511:25 - 聖沢登山口11:55

井川観光送迎バス13:02=畑薙第一ダム臨時駐車場=赤石温泉・白樺荘(入浴)/アルペン毎日号15:15=新宿西口20:00

<費用>

アルペン毎日:往路9,600+復路8,300、千枚小屋(1泊夕食)8,100、百間洞山ノ家(1泊夕食)8,000、聖平小屋(12)8,500、入浴代510

例会ニュース 10月1日

日時:平成26年10月1日

参加者:関 桑原 越前屋 合田 楠田 池上 井上汎 大野 竹下 田子 大滝 牧部 佐藤 内田 山崎 井上秀 蛯名 上原 星野 樋口 土生 森 

山行報告:

9月21~22日 八ヶ岳小同心 山崎 竹下 内田 髙井

9月23日 王岳 越前屋 蝦名 池上 郷間 新堀

9月23日 釜無山 森

9月26~28日 白馬鑓温泉 山崎

9月27日 穴路峠~倉岳山 合田 楠田 佐藤

9月27日 岩櫃山 蝦名 新堀

9月27日 大菩薩牛ノ寝 田子

9月27~28日 尾瀬 樋口

9月27~29日 木曽御嶽山 井上秀 桑原 池上 大熊 (噴火のため、登山口で撤退)

9月30~10月1日 千丈ヶ岳 大滝 

山行計画:

10月6~7日 月曜クラブ 三ノ沢岳(担当;大野)

11月9日 連盟ハイク 笹子雁ヶ腹摺山(担当;関) 日程を変更しています。

11月16日 会山行 牛奥雁ヶ腹摺山(担当;桑原) 日程を変更しています。

各部報告:

山行部;山行届の提出は、山行届用のグループメールの宛先を使用してください。また、山行届書式は、<D2014/4/1>を使用してください。

連盟;次回例会で、来年のカレンダーの受付をします。

その他連絡事項:

50周年記念品は”マグカップ”とします。

次回例会は、10月15日19:30より、小金井市福祉会館3F生活室で行います。机上講習「安全登山 遭難事故から学ぶ」(担当;内田)を行います。

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