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1月会山行 道志/今倉山~二十六夜山

日時:2015125日(日)

参加者:内田・関・越前屋・大滝・池上・井上(秀)・新堀・蝦名・田子(記)

 

当日は快晴、3月上旬並の気温という予報で、終始天候と展望に恵まれた山行でした。早朝、都留市駅に着くと内田さんが手配したタクシーが既に待機していました。駅前にはコンビニもあり身支度を済ませ、道坂隧道入口まで30分程で到着。二年前に会山行で御正体山を歩いた時もここがスタートでしたが、当時と同様に地元猟友会が車を停めていました。

歩き始めると同時に犬の吠え声も響き始めましたが、やがて遠のき静かな森を抜け今倉山に到着。ここは三角点がありますが展望は望めません。菜畑山への道と反対に進むと、御座入山の簡易標識がある山頂に着きます。今倉山が東峰、御座入山が西峰ということです。 

ここから必要な人はアイゼンを装着し急な下りを辿り、鞍部に出ると正面の赤岩方面と左への沢ルートの分岐標識がありました。見れば一人の足跡が沢ルートに続いていましたが、正面もここから先は踏跡は薄くなっていきます。所々岩が露出した稜線を登ると赤岩頂上です。360度の展望ということですが、想像以上の絶景でした。富士山、八ヶ岳、南アルプスは勿論のこと、空気が澄む時は日光白根山まで見えるそうです。思ったより丹沢方面の山が近くにあり、道志方面はアプローチが面倒でなかなか足が向きませんでしたが、これから歩いてみたいと思いました。高川山や、九鬼山から続く山脈を見下ろせますが、これまで歩いた尾根やこれから行ってみたい尾根が手に取るように見えるのが魅力的でした。

景色を堪能し、二十六夜山を目指して出発。小動物の足跡を楽しみながら小さなアップダウンを繰り返すと、地図ではよくわからなかった林道に出ました。細いのかと思いきや、立派な車道で県道に通じているらしく、車が走り抜けて行きました。しばらくして乾いた銃声がひとつ聞こえました。20分程で二十六夜塔の立つ山頂に到着しました。

二十六夜待ちとは江戸時代に盛んだった月待講を表すそうです。当時は今の太陽暦ではなく太陰太陽暦を用いていたので、一三夜、十五夜、二十六夜の月の満ち欠けを江戸の人々は楽しんでいました。二十六夜は真夜中に月が出ますが、この月光の中に阿弥陀・観音・勢至の三尊の姿が現れ、それを拝むというものでした。当時の人々はそれを口実に、この夜は無礼講で楽しんだのでしょう。二十六夜は旧暦1月と7月にあります。我々は、こんな雪の寒い時期にどうやって・・・と想像を巡らせていましたが、実際には月待講は7月に行われていたと考えられるとのこと。でも、山頂で富士を眺めながら温かい新堀さん特製仕込みの甘酒をいただき、何となく当時の人々の非日常を楽しむ気分を味わいました。

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その後、途中から枯葉道となりアイゼンを外しましたが、沢筋に出ると道は雪に覆われ慎重に下りました。バスと電車の接続がこの季節は余りよろしくなく、都留市駅までのバスを待つより赤坂まで歩くが良いと進みましたが、この道が一番応えたかもしれません。しかし、道の正面に見える高川山の均整とれた姿が美しく、小粒ながら山梨には魅力ある里山が多いことを実感しました。小春日和の一日でした。


<コースタイム>

道坂隧道入口8:20→御正体山分岐8:40/8:45→今倉山9:50/9:55→赤岩10:50/11:10→   林道12:00→二十六夜山12:25/13:10→温泉分岐14:45→赤坂(駅)15:45

 

雪山合宿(薬師岳)

日時:2015年1月10日~12日

参加者:高井(L) 関 竹下 内田 樋口(記)

行程:
1/10

8:25 夜叉神峠P 9:41 夜叉神峠 → 13:10 杖立峠 → 14:45 幕営場

1/11 晴後雪

5:25 幕営場 → 6:10 南御室小屋 → 8:25 薬師岳 → 10:50 苺平 → 11:26 辻山 → 12:00 幕営場

1/12

5:50 幕営場 → 6:20 辻山(15分休憩) → 7:00 幕営場(70分撤収)→ 10:10 夜叉神峠(40分休憩) →  11:30 夜叉神峠P

 

1日目】

 この日は待ちに待った雪山登山。前泊して早朝発という案もあったが私が前泊は難しいということで、結局は早朝から電車で甲府に移動することになった。7時過ぎに甲府駅に到着すると御勅使タクシーがジャンボタクシーでお迎え。5人で予約していたのでもう一回り小さい車になるはずだったのだが、大きな登山道具があることを考慮し、運賃据え置きでサービスしてくれたとのこと。これはありがたい。芦安から夜叉神峠までの道は若干凍結している箇所があり、途中タイヤが空転するような場面もあったが無事に夜叉神峠に到着。すでにマイカー組の車が10台以上は停まっていた。

 

登り始め、まずは様子見ということでツボ足でスタート。登山道は所々土が露出しているところがある程度の積雪量だったものの、多くの登山者に踏み固められた上に融解と凍結を繰り返したであろう箇所はツルツルに凍結しており、足の踏み場に気を使う。そうこうしながら結局アイゼンは付けずに夜叉神峠まで到着。夜叉神峠では先行の登山者たちが休憩中。我々も山頂がガスに覆われた白峰三山を始めとする山々を眺めながら小休止する。

 

 夜叉神峠から先は完全な雪道。しばらく歩いて急斜面に差し掛かった所でアイゼンを装着する。さらに進むと傾斜は徐々に緩くなるが、寝不足気味で体調不良という内田さんのペースが上がらない。更には竹下さんも足がつってしまい状況は悪化。時間も押してきたので、火事場跡のあたりで残りの3名が先行して適当な所にテントを設営し、1名は戻って荷物を受け取るという事になった。テン場は苺平の手前(標高2500m弱)の地点に決定し、地ならしをすることに。(その間高井さんが引き返して、内田さんのザックを担いで戻って来られた。足が攣っていた竹下さんの荷物を持ってくるかと思いきや、内田さんのザックを持ってきたあたり、内田さんは思ったよりも大分体調がすぐれなかったらしい)登山道はしっかりトレースが付いているが、少し道を外すとたちまち足が潜るので、スノーシューを履いてざっと地ならしをする。ここまでトレースがバッチリついていて、スノーシュー・ワカンはこの先も使う機会がなさそうだったので、陽の目を見ることができたのはよかった。しかし、スノーシューで踏み固めた地面はツボ足になった途端踏み抜きまくりで、その後の地ならしは難航を極め、結局スノーシューはあまり意味がなかったのでは…という気もした。地ならしがいい加減面倒になってきたところで、ようやくテントを建て、テント設営後今度は私がテントに入って銀マットの上で転がって地ならしをする。立って地ならしをしている時にはそれほど感じなかったが、中に入って横になると凹凸がひどくて非常に不快だった。ゴロゴロと転がったりコブを叩いたりしてみたが、正直あまり代わり映えもしない。関さんが地ならしの時に「ここでの努力が寝心地を左右する」と丁寧に作業をされていたことが思い返される。さっきまではかどらない地ならしにウンザリして、とっととテントを建てたいと思っていたが、それは間違いだったことを痛感する。

 

 文字通り私がテントの中でゴロゴロしている間にもう一張のテントの設営、トイレの設置、水用の雪集めなどが終わっており、申し訳なく思う。(逆に、それらの作業の役に立たないからゴロゴロ作業を任されたのかもしれないが)

 

2日目】

 前日のヤマテンの天気予報によるとこの日は午後から大荒れということだったので、10時には引き返すという事で3時に起床し、できるだけ早く出ることにする。前日の竹下さん、内田さんの体調不良もあったので、この日も具合が悪そうならその時点で下山、あるいはテントをもっと下に移動させるという話も出たのだが、荒れる中を撤収・下山というのもそれはそれできつそうなので、正直この日の下山は避けたかった。また、翌日には天気も回復しそうだというので観音岳・薬師岳は無理にしても、近くの辻山位には登頂したい(できればモルゲンロートを拝みたい)という希望をリーダーである高井さんに伝えた。

 

 テン場を出て10分ほどで苺平に到着、徐々に空が明るくなってきた頃に南御室小屋に到着。南御室小屋までは下りだが長く感じた。ここで内田さんが体調不良で登頂は無理かも…とこぼす。これはマズイということで少しでも負担軽減できるようにワカンを預かる。そんな状態なので昨日同様ペースは上がらず、後続パーティに何度も追い抜かれることになったが、ゆっくりゆっくり進んで何とか薬師岳に到着。森林限界上の稜線は時折体がぐらつく程の風で、予報通り観音岳の北の方向から雲がこちらに向かってきており、内田さんの体調も思わしくないようなので観音岳は諦め、小休止してから下山を開始する。

 

 最終日の朝は辻山からモルゲンロートを拝みたいと思っていたが、暗い時間にトレースのないルートを歩いてタイムロス、結局朝日に間に合わないという事態にならないよう、この日のうちに辻山を偵察しておきたいというワガママに関さん、高井さんを巻き込んで、下山途中の苺平に荷物をデポし、スノーシュー・ワカンに履き替えて辻山に出発する。苺平からの分岐直後だけはスノーシューでも難儀する程の積雪量だったが、少し歩き出した後はスノーシュートレッキングを楽しむのにはちょうどよい積雪で、ルートファインディングを楽しみながら歩くことができた。(ワカンのお二方は潜ることもあったようでしたが…)南御室小屋では青空がのぞいていたものの、苺平到着前から雪がちらつき始めており、辻山山頂は完全にガスで眺望なしの状態となっていたが、トレースが殆ど無いルートを歩いた事によって充実感はあった。

 

 テン場に戻った後は昨日の反省を活かして、トイレ設営作業(使用後、雪を入れすぎたため作り直し)や水作り用の雪集めなどに従事してからテントに入って早めの夕食を摂り、翌朝の好天を願いながら就寝した。樹林帯に張ったテントは大荒れという天気にビクともせず、降雪も少なかったため、雪訓の時とは違って雪かきなどをすることもなく快適だった。(厳密には雪訓の時も私は雪かきしてないのですが…)

 

3日目】

 この日は朝から星が見えている状態だったので、私の希望通り朝一で辻山にアタックすることになった。竹下さん、内田さんはテント番をされるということだったので、昨日に続いて関さん、高井さんと3名で出発する。昨夜の降雪量は少なかったものの、風のためか昨日つけたトレースは不明瞭になっていた箇所もあった(特に苺平の分岐地点)が、概ね8割程度はトレースが残っていたので、ヘッドライトでの歩行でも迷わずに辻山に登ることができた。山頂は吹きさらしで日も出ていないので非常に寒かったが、昨日と違って観音岳方面はスッキリと、北岳も山頂に雲がかかっているくらいの状態で望むことができた。積雪で視点が大分高くなっているためか、以前来た時には気づかなかった富士山も見ることができたのは嬉しい誤算だったが、期待していたモルゲンロートは赤みがなく今ひとつ、眺望を楽しむのもそこそこにテン場に戻る。

 

 テン場に戻っていよいよ撤収。我々の寝ていた大きなテントは外側部分が凍りついて袋に入らず、おまけに重い。ザックに入らないので、ポールやスコップなどを関さん、高井さんに持って頂いて下山を開始する。この日には懸念していた竹下さん、内田さんの体調も良さそうで快調に下山する。辻山に寄り道したこともあって12時半に予約していたタクシーの時間を遅らせないといけないという話をしていたのだが、夜叉神峠到着はむしろ当初の予定より早いくらいで、この日は白峰三山も綺麗に見えていたのでここで大休止をし、暫くの間山座同定などを楽しんでから下山をした。

 

 帰りは駅前の店で甲府名物鳥もつ煮などを食べて帰郷。基本的に好天に恵まれ、充実した山行だった。

 

 

雪上訓練報告

日 時:20141222日~23日 

参加者:山崎 高井 樋口(記) 内田 蝦名 上原


行 程:

12/22 風雪? 夜間暴風雪

 川場スキー場Dリフト上(ワカン装着)11:00→休憩11:55(簡易ハーネス装着) →剣ヶ峰山12:30(ロープをフィックスして下る)→テン場(1960m14:00(テント設営) 15:0016:00滑落停止の訓練

12/23 風雪 (沖武尊ピークハントは中止)

テン場9:50→(剣ヶ峰山頂通過でロープをフィックスする)→(視界不良のため少し迷いながら下山)→スキー場13:30 シャトルバス16:00⇒沼田 17:02の電車で帰京

 

12/22

この日は私の人生初となる雪山テン泊(雪訓)。雪山テン泊は私の目標(厳密には雪山登頂という目標達成の手段)の一つであり、その技術習得は北多摩山の会に入る目的の一つでもあったため、この日を心待ちにしていた。直前の天気予報は今ひとつ、期待と不安が入り交じる中、バスは雪が舞い散るスキー場に到着した。スキー場到着時点ですでに10時近いので、山﨑さんの指示でスキー場内で行動食を摂っておく。防寒装備を固めてリフトで一気に高度を上げてスノーシューを装着し、出発する。


トップの高井さんに続いて私が進む。雪は結構積もっていたが、スノーシューのお陰でそれほど埋まる事はなく順調な滑り出し。しかし、それもつかの間、すぐに急登に喘ぐ事になる。急登が一段落したところで簡易ハーネスを装着、ストックをピッケルに持ち替えて進む。なだらかな尾根ではあったが、ハイマツ帯に雪がかぶった雪面は踏み抜きが多く、歩行に時間がかかる。そうこうしてようやく取り付いた剣ヶ峰山は名前の通り切り立ったピーク。ここでは道標にロープをフィックスして下る。リードは高井さん、確保は内田さん。山頂からの下りは岩場になっていて、ピッケルがなかなか刺さらず確保がしづらい。先行した蛯名さんも相当苦戦されていた。他の方のワカンより一回り大きい私のスノーシューではかさばって足の置き場にも困るし、そもそもスノーシュー自体が急な下りに向いていないということもあって難儀したが、無事テン場に到着。 


この頃は風雪もほとんど気にならないほどで、空には所々青空がのぞき始め、それなりに眺望を楽しむことができた。 テン場に到着後、整地・テント設営を開始する。1時間ほどかかってテントの設営が完了する頃には青空はすっかり消え、天候は悪化の兆しを見せ始めていた。当初から滑落停止訓練等がある予定だったが、私はテント設営完了ですっかり落ち着く気分になっており、山﨑さんに「簡易ハーネスつけて」と注意されてそれに気づいた。各自簡易ハーネスをつけて先ほど降りてきた剣ヶ峰山北側の斜面で滑落停止訓練を行った。斜面は灌木帯で正直滑りやすくはなかったが、初心者には逆にそのくらいがちょうど良かったのかもしれない。各自34セット登下降を繰り返した後、アンザイレンでテン場に戻った。この頃には風雪で視界はかなり悪くなっていた。  


テントは私と山﨑さん、他4名に別れた。私は普段山では荷物が重くなる、トイレが近くなる等の理由で酒を飲まず、この日も当然のごとく何も持ってきていなかったので、山﨑さんからホットウイスキー、ツマミ等と「こんな昼間から酒を飲まずに何をやるんだ」「想像力が足りない」とのお言葉を頂戴した。その後、隣のテントに移って鶏の鍋をつつく。アルファ米は3袋作ってあったが、酒とツマミメインで大分腹が膨れていたため、結局皆で1袋しか食べることができなかった。ここでも皆さんが持ち寄ったツマミを頂くばかりで、自分の気の利かなさを猛省する。


食事後、自分たちのテントに戻っていよいよ就寝。底冷えで眠れないのではないかと思っていたが、テントに敷いた銀マットと自前のマットのお陰で底冷えは全く気にならなかった。逆に風でテントが揺れるたびにテント内部の霜(?)がパラパラと霧雨のように顔面に降り注ぎ、そちらの方が不快だった。それについては最終的にシュラフカバーの中に顔まですっぽり入って解決。夜中、山﨑さんがトイレに起き、外で雪かきをされているのに気づいたが、すぐに終わるものと思い、そのままシュラフ内でうつらうつらしていた。あとで1時間も外で雪かきされていたと聞いて、ここでも自分の気の利かなさ、怠惰を恥ずかしく思った。

 

12/23

夜間は何度か目が覚めたものの最終的には熟睡し、気づいたら6時近くになっていた。当日は4時起床、6時出発予定だったので大分出遅れてしまった。しかし外は昨夜から吹雪が続いて視界はほぼなし。結局皆で相談した結果、沖武尊は諦めて下山することに決定する。 初日はワカン、スノーシューでの行動だったが、翌日はアイゼン歩行の訓練ということでアイゼンを装着して出発。


予報通りの荒れた天気で、昨夜に降り積もった雪は完全にトレースを消してしまっていた。剣ヶ峰山への登りも降り積もった新雪に足をとられ昨日以上に辛い。メガネも凍りついて視力0.1以下の裸眼の方がマシなくらいの状況になったので、メガネをしまう間に後続の上原さんに先を譲る。私と同じく雪訓初参加という上原さんだったが、淡々と確実に高井さんの後を付いて行き、上原さんとの間隔が徐々に開き始めたところで、剣ヶ峰山頂下に到着。


予定では下山時にはロープは出さないということだったが、風が強いので痩せている剣ヶ峰山山頂の通過ポイントに高井さんがロープを張ることになった。あいにくロープを持っている山﨑さんは最後尾、確保を担当することになった内田さんはその前で、狭い山頂下で隊列の入れ替えやロープの受け渡しのロスがあったのは反省点となった。(確保については皆ができるようになっていれば解消する問題だが)


剣ヶ峰山はフィックスロープにカラビナを掛けて四つん這いで通過し、後は難しいところはないとひと安心したが、今度はホワイトアウトで広い尾根の道を外して膝くらいのラッセル地獄。ここまで高井さんがずっとトップを行ってくださったので、さすがに途中で交代せねばと高井さんにトップ交代を申し出る。ルートファインディングの不安があるので、高井さんも私に交代するのにはためらいがあったのではと思うが、ちょうど入れ替わりで登ってきた単独行の方がつけたトレースがあったので、それを辿ればいいよと、交代することになった。しかしその直後、一歩(誇張なく本当に一歩)踏み出した所で踏み抜き、体まで埋もれ、身動きがとれなくなってしまった。蟻地獄のような新雪でもがいて息切れしながら後を見た時の高井さんの残念そうな眼が忘れられない。


そのような状況でやっぱりトップお願いしますとは言えず、息を整え、気を取り直してトレースをたどる。徐々に調子が出てきたというところでストップがかかり、今度はコース間違いという指摘。わずか数mの登り返しだが精神的にも堪える。しかし、結局登り返して下った別の尾根のルートは夏道で、スキー場は見えても下山できない急斜面だということで、再び先ほど引き返した地点まで戻る。図らずも最後尾にいた私がここでまたトップに立ったが、踏み跡は残っていてもボロボロに崩れ、思うように登り返せない。後ろから「踏み跡があるだろ」という声が伝わってくるが、踏み跡がハッキリあってもキツイものはキツイ。意地でなんとか下降地点のベンチまで辿り着いて、息を整える。その後は最後尾で人の踏み跡をたどる省エネ歩行でようやくスキー場まで下山することができた。 訓練というのは所詮人間の都合。自然にとっては訓練も本番もないというのを思い知らされた厳しい山行だった。

 

【個人的な反省点・課題等】

・確保技術の習得(人任せでなく、主体的にできるように)

・ザックを担いだまま摂れる食料の携行(荒天時のシャリバテ防止)

・靴用のビニール袋改善(持って行ったビニールが小さくすぐ破れてしまった)

・防寒の徹底(フードのかぶり方等が甘く、頬が凍傷になってしまった)

・酒・ツマミの持参

・夜間の雪かき実施

 

<11月会山行> 小金沢連峰

山行日:平成26年11月16日(日)
参加者:楠田、池上、大熊、桑原(記)、井上(秀)、内田、土生、
     田子、上原
コース:八王子6:35=甲斐大和8:10=小屋平8:50
    小屋平―石丸峠10:10-小金沢山11:30(昼食)-
    牛奥ノ雁ヶ腹摺山13:0-黒岳14:10-湯ノ沢峠15:00     
    湯ノ沢峠=甲斐大和16:32=小金井  

 甲斐大和からバスが3台出たようだが、小屋平で降りたのは当会の他は数人だった。天気は良かったが寒く(2℃)、長い霜柱が立っていた。が、しばらく登ると体が温まって汗も出始めた。やがて富士山が姿を現し、歓声が上がる。思ったより雪が少なく、少し溶けたようだ。さらに登って草原状の石丸峠に着く。  

 ここから尾根路を南へ向い、樹林帯を登って本日の最高点小金沢山に到着。今年の西暦と同じ2,014mである。ここで昼食とする。所々で富士山を見ながら南進し、牛奥ノ雁ヶ腹摺山へ出る。なぜかこの付近には雁ヶ腹摺山を名乗る頂がいくつかある(私の知っているだけで4つ)が、その中で最も高く、北に位置している。さらに尾根道を辿って黒岳に着く。左に地名等の着かず、最も知られている雁ヶ腹摺山を見る。最近は見なくなったが、五百円札の裏にあった富士山はここからの景色だ。

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 少し遅れ気味だったのでタクシーを呼ぶ事にしたが、なかなか電話が繋がらない。止むなく下り始め湯ノ沢峠へ出る。避難小屋前で電話を掛けるが中々通じなく、何回かトライしてやっとタクシーを呼ぶことができたが、しばらく待たされてしまった。  

今回は好天に恵まれたっぷりと展望を楽しんだが、特に刻々と姿を変える富士山を存分に眺めることができ、やはり山登りは天気次第だと改めて思ったが、その割には人が少なく、静かな山旅だった。おそらく、大菩薩峠は相当な人出だったと思われる。

読図講習会(地区連盟) 

日時:20141214日  

場所:日連山稜にて

 

 

 

参加者:

北多摩の参加者 牧部、池上 井上 田子 竹下 桑原 楠田 蝦名 佐藤 合田 内田 関(記)    12

他山岳会 むさしの8名 どっぺる3名 山座会12名 で計35名の参加         

 

 

 

                                               ルート:  

藤野駅(8:30)・・大刀・・秋川橋・・金剛山・・日連山・・日連大橋・・藤野駅(14:30)                             

 

コメント:

天候には恵まれ、今年一番の冷え込みとの予報の中での取組となりました。

今回、北多摩から合田さん、竹下さん、内田さんに講師を務めていただきました。

おかげで6班の班編成することが出来、小人数で充実した講習内容を取組む事が出来ました。

 <参加者の声> 

参加メンバーでお互いに教えあう事でコンパス・地形図の使え方が理解出来た。

等高線の幅と傾斜をすこし理解出来た。

現在地確認の大切なことがわかった。

地図読みの楽しさが少しわったが気がする、家に帰って復習してみたい。

コンバスの威力を再発見した。

・・・などなど参加者から聞くことが出来ました。

<5月の春山会山行> 唐松岳

                               

                     新堀

山行日   2014年5月2日(金)~3日(土)八方池山荘泊

交通手段  高速バス(日野バス停~八方インフォメーションセンター前)

      リフト(八方~八方池山荘)

メンバー (CL)関 越前屋 合田 新堀 

5/2 

高速バス日野バス停8:33発が事故の為遅れ、1時間待たされましたが、その後は渋滞もなくゴンドラを乗りついで、山荘には2時30分頃到着です。GWの一日前だったので一部屋貸切、ゆったりです。

 天気も良く、景色を眺めているだけで時間が過ぎて行きます。美しい夕日でした。夕食も豪勢で美味しくいただき、明日の打合せをして早々に布団に入りました。

5/3 

今日も良い天気、(でも午後はにわか雨ありとの関さんの予報)5時前に山荘を出発、感動の日の出をしばし眺め、八方池まではアイゼンなしで登れました。

 白馬三山が朝日に照らされ、圧倒されるほどの迫力です。五竜、鹿島槍もしかり、何度も足を止めて見入ってしまいました。

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 雪も多くなり、登りに入ってきた所でアイゼンを付けて、久しぶりのピッケル山行です。まだ雪も締まっていて登りやすく、難なく丸山ケルンを経て唐松岳山荘に9時15分頃到着。風が強く山頂へのアタックを断念したパーテイもいましたが我々は決行、9時40分に登頂出来ました。案の定、関さんのご御託宣通り天気は下り坂で、雲が出てきて剣岳は半分隠れてしまっていて残念!皆で写真を一枚撮ってもらい、早々と下山開始、小屋前で少々休憩して出発。

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下りは風も時々強く雪もゆるんできたので、関さんにお願いして安心サポートをしてもらい、トラバースもスイスイ?ライチョウの歓迎を、登り下りと二度も受け、八方池山荘には12時40分に到着、7時間半で下ってきました。

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GW初日、小屋前は渋滞で、やっと着いた登山者やスキー客でごった返していました。早々に身支度をしてゴンドラに乗ったところで、やはり関さんの予報通り、にわか雨がきましたが濡れずに済み、バスターミナルに1時半着、予定より1本早い14時20分のバスに変更して帰途につきました。勿論渋滞なしです!天気にも恵まれ、メンバーにも恵まれて楽しい春山山行でした。

 今回の山行は、平日が入った為か参加者が少なかったのが残念でした。難しい所がなく、誰でも行ける設定の山行だったので、もっと皆に参加してもらいたかったです。

費 用  高速バス代 往復 7700円

     リフト代  往復 2600円

     山荘宿泊代    8400円(夕食のみ)