奥秩父縦走(雲取山~甲武信岳)
奥秩父縦走(雲取山~甲武信岳)
報告:高柳
日時 09年10月31日~11月3日(土~火)
計画 10月31日(土)鴨沢→雲取山→三ツ山→飛竜山→(大常木山、竜喰山)→ 将監小屋(テント)
11月1日(日)将監小屋→唐松尾山→黒槐山→
笠取山→ 雁峠→燕山→古礼山→水晶山→
雁坂小屋(テント)
11月2日(月)雁坂小屋→雁坂嶺→東破風山→
(西)破風山→笹平→ 賽の河原→甲武信小屋(北多摩山の会8メンバーと合流)
11月3日(火)甲武信小屋→木賊山→(戸渡尾根、徳ちゃん新道)→西沢渓谷
鴨沢に6時40分に着いてストレッチをしてザックを担いだのは6時47分であった。
今日の山行を慌ただしい気分にしているのは山行予定が雲取山から将監小屋までのロングルートであるからだ。
歩きなれた鴨沢からのルートを休憩少なくして(気持だけは?)急ぎ、水場最後の奥多摩小屋で2リットル補充して小雲取山を息切らせて登り10時50分に雲取山に到着。
避難小屋前で休んで11時10分三条タルミに向かう。狼平から三ツ山までは気持ちの良い小道が続いている。北天ノタルには予定時間をかなり短縮出来て、この先を明るくしたがそろそろ体力が落ちつつある。
ここから飛龍権現までは、人に会わず、時間の読めないルートでの単独の心細さを一番感じたところであった。登り坂は荒くなった息を整えるための小休止が幾度となく繰り返される。登っては下る、また登る作業がつらくなって精神的にも余裕がなくなって考えることは悪いことばかり、“楽しく山行”を言葉にしても気力は余り出てこなかった。
やっと飛龍権現に着いたのは13時20分。将監までは2時間と少々で4時までに着ける見通しがついた。
20kgを超えるザックの長時間の歩行で足が、腰が、心臓がネをあげている。
止まったら着かない、ゆっくりでも歩けばその分将監に近づける、こんなことを考えながら2時間・・やっと将監小屋の擦れた案内板が見えた。
着いた、やったア!15時50分にテント地にザックを放る。
テントを張り、早速に夕食の準備、メニューを変えて餅ラーメン。家で仕込んだ野菜炒めと酢醤油(ラー油入り)、多めのスープが塩分と水分を補給してくれるであろう。
2日目。今日の歩行予定は6時間。唐松尾山へは台風の影響か、登山道が崩れていて巻き道で紆余している。
黒槐(エンジュ)山は岩場の迂回が分かりにくいルートで、見失うこと2回。
黒槐を越えると快適な道となり大きく下る。
気持ちの良い天気である。予報では今日は雨であったが一日伸びたようだ。
水干から広々とした雁峠に着きいよいよ、雁坂峠への道である。
目の前に燕山(ツバクロ)への急登が待ち構えていた。
順調であった、30分余で大きな登りを超えて古礼山に向かう。
古礼山に入る手前で横になって昼飯?を食べているとご夫婦が下りてきた。
もう直ぐですよ!の声に元気をもらう。“お気をつけて”の久し振りの会話がうれしくする。
古礼山から水晶山への登りは今日ラストの頑張りと鞭を入れた。
雁坂峠と小屋の分岐に12時半過ぎに着き、懐かしい(豆焼沢遡行以来)雁坂小屋には12時40分に到着。
今夜の雨(9時過ぎから寒気がはいり雪、風が強まるとの予報)を考えて石でしっかりとテントを固定した。
4時過ぎからポツポツと降り始めた。
3日目。
小降り?になった天気に合わせ濡れたテントを撤収。
雁坂峠には15分で・・風雨でガスのかかった峠には楽しみにしていた展望はない。
早々に雁坂嶺に向かう、今日は登り主体。それでも4時間!
雁坂嶺には30分で着き、東破風山に向かう。ぐんぐん下がってその分また登る。
東破風山は想定通りに苦戦。東(破風山)を超えると間もなく西に着き後はラスト1時間であろう。
登りの汗で緩めた雨具の間から雨と風が入り濡れ始めた。
サイノ河原は展望の良さでこのコース一番であるが、今日の雨は最高の吹き曝しの場所に変えていた。雨が足元から巻きあげてくる。
10時50分に甲武信小屋に着いた(4時間を切れていてマアマアかな?)。
愛層のない親父に予約のキャンセル確認をすると、“今日のキャンセルはない”とのこと。
濡れたテント地を見て素泊まりに変えて申しこむと、受け付けは2時からだから好きなようにしてくれとのこと?
一人お湯を飲んだり、記録をつけたり、ラジオを聞いたり、2階で横になったりで会のメンバーと会うまでの5時間は一見ぶっきらぼうそうな親父と打ち解けたし、小屋の兄ちゃんとも色々と話ができて情報仕入れには収穫多しであった。
(雁坂小屋の管理人とは同じ小学校の同級生とのことであった)
大陸の寒気団は雨を霰(アラレ)に、雪に変えて更に夜間は寒さも-11℃としたものの、ヌクヌクの夜となり今夜だけは小屋の良さを痛感させていただきました。
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小尾根を乗っ越すと「初滝」は右下となり、眼前に「三段の滝」が現れる。ルートは岩場を右斜めに下りて、左岸へ移っている。滝の下の流れの向こう側に、何本ものトラロープがベタで固定されていて、その上方には赤い鉄の梯子が見える。道は斜面をがむしゃらに登っていく。まるで滝の巻き道といった様相だ。その先で再び沢に近づくと、木に「大滝」の看板がかかっている。大滝といわれるなりの落差があるように思うが、距離があるのと、木の間越しに望むので、全容が掴みがたい。さらに何段かに分かれて落ちる「七福の滝」。一つ一つを観察するとホールドは豊富で階段のようだ。Kさんが「IKさん、どう?」と声をかける。みんなの調子を確かめながら、着実に高度を稼ぐ。
竜が昇天する姿になぞらえるのも、うべなるかなと思われた。Oさんの足が止まった。「先に行って」というこの一言でやがてパーティはバラバラに、というのがアクシデントのパターン。「ゆっくり、一緒に行く」のが基本だ。ちょうど尾根上に上がったあたりの森の中に、地元宝青年団の記帳所があった。一本立てると、「このコースはなかなかいい」としみじみとした口調でINさん。最後の登りにかかって、「腿に鉛の板が載っているようだ」とOさんの足取りが重い。崩壊現場での無理な上り方が痛めた原因だろう。足を止めるたび、「今までにこんなことは経験したことがない」と申し訳なさそうだったが、踏ん張ってほぼ予定の時間で御巣鷹山に這い上がった。
近くて遠い山行でした。